Story06鉄製は重い。
常識を超える軽さが
熟練の技をつなぐ。

1mmの打出しフライパン by(株)千田 千日前道具屋筋商店街

1mmの打出しフライパン by(株)千田 千日前道具屋筋商店街

Story Movie

軽やかに
食材を舞い上げ、
香ばしさや
食感を生む
料理人の技。

高温の油をまとった食材がパッと宙を舞い、再びフライパンにおさまる。その華麗な動作がものの数秒で何度も繰り返される。プロの厨房で繰り広げられる光景に思わず目を引かれるが、料理人はパフォーマンスのためにやっているわけではない。食材に最適な火入れをするためだ。鉄フライパンを振り、食材を撹拌することで、高火力でも焦げ付かせずにきっちりと火を通すことができる。例えば、野菜の場合なら半端な火力で火を通すと細胞内の水分が流れ出てくるが、高い火力で表面だけを一気に焼き上げることで、水分や旨味が内部に閉じ込められ、シャキシャキの食感を保ったまま炒めることができる。この鉄フライパンを振る技術こそが料理のデキを左右し、食べる人を唸らせる味わいをつくる。

しかしいま、この「鉄のフライパンを振る」技術の継承が難しくなってきている。料理人の高齢化が進んだからだ。いまや個人の飲食店の経営者は過半数が60歳以上。プロが扱う鉄フライパンは、アルミの3倍近い比重があり、そこにさらに食材の重さが上乗せされる。長年、努力を重ね、熟練の技を磨いてきた料理人が、思ったようにフライパンを振れないという理由で廃業を余儀なくされる例も少なくない。

また近年、料理の世界でも女性の進出が進んでいるが、やる気やセンスはあっても体力的なハンデを理由にあきらめる女性も多いという。

加えていえば、扱いづらさも鉄フライパンの使用を遠ざけている。鉄フライパンは毎回使い終わったあとに油慣らしが必要となるため、メンテナンスの手間がかかる。そのためか、昨今ではプロの料理の世界でも鉄フライパンからフッ素樹脂加工のアルミ素材に移行が進んでいる。

料理人に寄り添い、
時代の求めるものを
形にする。

「もっと軽いフライパンはないやろか…」最近、店頭でこうした声を聞く機会が増えてきていると料理道具を扱う株式会社千田の取締役専務、千田佑典は語る。「お店で長年、フライパンを振ってきたのですが、最近は腱鞘炎になりそうな上に、肩も上がらなくて…」といった声も聞く。より重量のある中華鍋では、その傾向は顕著だ。関西において、従来は1.6mm厚の中華鍋が主流だったが、近年では1.2mm厚のものが徐々に普及しつつある。関東では、関西よりも以前から1.2mm厚が一般的となっている。おそらく、前述の理由で軽いフライパンや中華鍋を求める人々が増えたためだろう。千田はこうした料理人の声に応えるためにも、いまあるものよりも、もっと軽い、鉄のフライパンを作れないものか、と考えるようになった。

耐久性があり、かつ軽い鉄フライパンを探すが一向に見つからない。千田は思案する中でふと思いつく。「振る」調理器具といえば、中華鍋だ。以前から懇意にしていた山田工業所は中華鍋を中心に扱っているが、そこに鉄フライパンのアイデアはないだろうか。

彼らは鍋を数千回叩き、強度を高める“打ち出し”と呼ばれる技法で中華鍋を作っている会社だ。この打ち出しを使うことで、市場に流通するプレス加工産にはない強さと軽量さを併せ持つ鉄フライパンができるのではないか。

山田工業所に相談し、まずは薄さと耐久性のバランスを探るために、1.0mm、1.2mm、1.6mm、2.3mmの4つの厚みの鉄フライパンの試作を依頼。そして4種類の鉄フライパンを複数の社員で実際に確認。手にとって1.0mm厚の想像以上の軽さに皆が驚いた。手への馴染みやすさ、料理シーンでの使いやすさ、どれをとってもこれまでにないものだ。満場一致で「これを売りたい」と決まった。

ひとつのフライパンで
二千回以上。
打ち出しの技が
鉄を強靭にする。

ドスンッ、ドスンッ、ドスンッ。鈍く鉄を打つ音が、工場中に鳴り響く。山田工業所では一枚の薄い鉄板を数千回も叩いて中華鍋やフライパンに成形する。今回、千田から試作の依頼があった鉄フライパンは厚さ1mmの一枚の鉄板を叩いて作る。

現場では70年以上、打ち出しの技が研ぎ澄まされてきた。新人は先輩の背中を見て、各々腕を磨く。

まずは鉄板をオーダーのサイズに合わせて、切り抜くところから始まり、縁に残る凹凸はカットして直線になるように成形する。そして次は打ち出し。平面だった鉄板をフライパンの形へと変形させていくのだが、山田工業所が使うのは独自の機械式ハンマー。鉄板を均等に動かしながらハンマーが当たる部分を繊細に調整して、形や厚みを変化させていき、数千回叩くことで強度を高める。打ち出しは、日本刀の製法でもある鍛造の一種で、金属内部の空隙(くうげき=すき間)をつぶしつつ、鉄の結晶を微細化し、結晶の方向を整えることで強度を高める。山田工業所は、戦後の復興期に、ドラム缶を切り取って日本で初めての打ち出し鍋を作ったところからスタート。それから60年間の歴史の中で、打ち出しという芯はぶらさず大小さまざまな中華鍋やフライパンづくりに挑んできた。まさに挑戦によって鍛え上げられてきた技術である。

山田工業所の心臓ともいえる打ち出しを行うハンマー。平らな鉄板をセットして、手で回すことで調整を加えながら打ち出していく。
数千回の打ち出しにより、立体となったフライパン。職人ごとに、立ち上がりの微細な違いが生まれるため、ひとつとして同じものはない。

そして工程は終盤へ。立ち上がっていない縁を叩き起こすために、縁上げと、縁ならしを行うことで、馴染みのあるフライパンの円形ができあがる。最後に長方形の平面として残った取手部分に刻印を打ち込み、形を整えて完成。一連の製造工程で、真円を描くように形を整えながら、均等な深さをめざして鉄板を叩く技術は他社では真似のできない技術だ。今回も1mmの打ち出しのフライパンというオーダーに見事応えてみせた。

平面のまま残っている部分を、縁起こしで立ち上げる。滑らかな曲線となるように、繊細な調整を加える。
打ち出しされた商品の取手部分に、ひとつひとつ刻印を押す。山田工業所ブランドの証となる。
刻印を押された取手は平らなため、丸く形を整える。元々一枚の板であることが、取手と鍋部分の一体感につながる。
取手と鍋部分のつながり部分の強度を上げるために、溶接を行う。

いつまでも
自分の求める料理を
作り続けたいという
願いを叶える。

実際の使用感はどうか、1mmの打出しフライパンを手にしたフードスタイリストはあまりの軽さに驚いた。長年の調理経験の中で、さまざまな調理器具に触れてきた食の専門家からしても経験したことのない軽さだった。コンロに置き、火を付けると熱が数秒のうちに全体へと伝わっていったのも1mmの薄さが熱伝導に影響しているのだ。実際に食材を入れて振ってみると、思った以上に軽く、簡単に具材を炒めることができた。鉄フライパンに入れたキノコは強い熱によりごく短時間で、豊かな香りを放ち、きれいな焼色をつける。炒め物では、焦がさず、水分を出さず、火を通す火力の制御技術が求められる。厚さ1mmの鉄フライパンはまるで手の延長線上のような使い心地で、最適な加熱を実現するのだ。

炒めると表面に飴色の焦げ目がつき、水分を逃さないことで素材本来の瑞々しさを生かすことができる。
チキンに十分な熱が加わることで、パリッとした皮の食感と、肉汁が閉じ込められたジューシーさを楽しめる調理が可能となる。

そして“軽さ”は、手際にもつながる。厚さ1mmの鉄フライパンは慌ただしいランチタイムに軽々とコンロや調理台の上を移動し、提供時間の短縮につながる。洗う際も、軽くて扱いやすく、タワシで擦るだけで簡単に汚れを落とせる。一日中フライパンを扱う厨房では、軽さによりいろいろな負担が減る。プロたちから今後重宝される道具になるだろう。

食に関わる人々は、生涯をかけて自分の料理を突き詰めたいと考えている。それを可能にするのが厚さ1mmの鉄フライパンだ。年齢や性別に関係なく思うようにフライパンを扱い、自分の望む料理を表現することができる。現場の調理ニーズを捉えたこの道具は単に便利というだけではない。プロとしての誇りを守る道具なのかもしれない。

商品開発ご協力
「有限会社 山田工業所」 山田豊明さん
「有限会社 山田工業所」 山田憲治さん

「有限会社 山田工業所」
山田豊明さん 
山田憲治さん

「山田工業所」の秘伝の製法、打ち出し式で作った鍋が横浜の中華料理人から絶大な支持を得て、今では全国区に。豊明さんは36歳のとき、2代目社長に就任。従業員や取引先との、“人とのつながり”を大切に思い、損得ではなく身の周りの人々が喜ぶことを第一に経営してきた。現在は、3代目である憲治さんが中心として中華鍋やフライパンを製造。鍋なども含め、全体の生産に携わる。また、販売店からの要望に応えるために、社会のニーズに対するアンテナを張り続け、事業の展開を狙う。こうして、2代目から3代目へと親子のリレーで職人の技がつながれていく。

撮影ご協力
フードコーディネーター/フードスタイリスト 角田佳子さん

フードコーディネーター/
フードスタイリスト 角田佳子さん

レシピ開発などを行いフードコーディネーターとしての経験を積み、独立。現在は広告、web、カタログ、書籍関連、TV、CMなどのフードスタイリングや撮影用の料理を制作している。ほかにも企業向け商品開発、レシピ提案などの仕事も行っている。かつて中華料理店のアルバイトで3年間中華鍋を振り、調理を行った経験がある。

商品紹介Tsunagu Product

1mmの打出しフライパン

1mm Iron Hammered Frying Pan

今回実現したのは軽く手に馴染む鉄製の1mm厚のフライパン。
これは年齢や性別を問わず食に関わる、
すべての人にとっての扱いやすさをめざして開発されました。
生産メーカーと綿密なやりとりの末、私たちの想いが形に。
高火力でつくるチャーハンなどの料理から、
繊細な焼き加減が求められる本格オムレツまで、
あらゆる料理を軽い使い心地で、おいしく丁寧に作れます。

詳しくは、取扱店 千日前道具屋筋商店街 
(株)千田まで

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